企業経営理論
新しい事業を立ち上げて成功する起業家には産業・地域・時代に関わらず共通した思考プロセスが存在する。2008年インドの経営学者S.D.Sarasvathyがその意思決定プロセスを体系化しました。『エフェクチュエーション−市場創造の実効理論』です。エフェクチュエーションは従来のコーゼーションとは逆のアプローチを採用する点が特徴。つまり、コーゼーションはeffect to be created(作り出される効果)を起点として手段を選択するのに対し、エフェクチュエーションは所与の手段からスタート。予測に基づかない戦略によって新しい目的を創り出す。手段と目的、予測とコントロールを逆転させただけでなく「組織と環境」「部分と全体」「主観と客観」といった伝統的な関係性をも再編。エフェクチュエーションは決定の問題から設計の問題へと変化させているのです。
手中の鳥(bird in hand)の原則
目的ではなく手段からスタートして新しい結果を生み出す。そのために優れた起業家は共通して次の3点を重視する。①アイデンティティ(私は誰であるか)、②知識(何を知っているか)、③ネットワーク(誰を知っているか)。目的を達成するための方法を探索するのではなく、既存のリソースから新しい成果を生み出す。これが手中の鳥(bird in hand)の原則です。
許容可能な損失(affordable loss)の原則
「いくらまでなら損をしても良いか」を予め決めてから始める。従来の一般的な手順は期待利益から採算性を見込んで事業を始める。エフェクチュエーションは起業家自身が持つ限られたリソースから新たな目標と新たな手段を生み出すことを重視。これが許容可能な損失(affordable loss)の原則です。
クレイジーキルト(crazy-quilt)の原則
目標を達成する上で必要なメンバーを集めるのではなく、起業時にコミットした関係者を積極的に企業づくりへ参画させる。自身と関わる仲間はすべてパートナーであり、そのパートナーの強みをどう活すかを考え関係性を構築していく。これが「クレイジーキルトの原則」です。ちなみにクレイジーキルトは不定形の布をパズルのように縫いつけた布を指す。キルトのように周囲を取り巻く様々な関係者と協力しながらパートナーシップをつくり上げていくことを意味しています。
レモネード(lemonade)の原則
不確実な状況を避けたり克服するのではなく、予期せぬ事態を梃子として活用していく。これがレモネード(lemonade)の原則です。「すっぱいレモンをつかまされたらレモネードを作れ」の格言に由来。優れた起業家達は失敗した出来事も何かに活かそうと発想を転換させます。
飛行機の中のパイロット(pilot in the plane)の原則
予想できない未来に対してコントロール可能な活動だけに集中して成果を得る考え方。自分たちがコントロールできない外的要因を予測したり、活用することに労力をかけず、コントロール可能な範囲に焦点を合わせます。これが飛行機の中のパイロット(pilot in the plane)の原則です。「飛行機の自動操縦も素晴らしいが、万が一のときはやはり臨機応変に状況判断して調整できるパイロットのほうがより望ましい」という例え。つまり自らの力でコントロールして生き残っていくことを意味します。
不確実性が高い現代、アントレプレナーシップの新たな潮流として「エフェクチュエーション(Effectuation)」が注目を集めています。従来の目的ありきのコーゼーションは未来は予測できるという前提のもとに成り立っていました。世の中の価値観が大きく変わり、未来予測が極めて困難な今、全く逆の発想でスタートする思考と意思決定プロセスはこれからの時代の経営戦略に必要な視点と言えるでしょう。